
快適なにきび
業務量の増大にともない、組織管理を重視するように転換が必要であるが、これに失敗するケースも多い。
資金調達も容易になる。
IPO(株式公開)、M&A(企業売却)を行い、ベンチャーは終わりを迎える最終段階。
ニッチ市場において独占状態がつくられる。
ここで投資家は投資回収ができる。
IPO(株式公開)・合併等(和総合研究所作成資料より作成)その結果、このベンチャー企業の設立に携わったエンジェルの弁護士や会計士は、自分たちが手にした額面の数倍の収入を手にするということができることになる。
つまり、そこにインセンティブが働くために、ベンチャーの経営者は弁護士、会計士たちからも質の高い親身のサービスを手に入れることができ、そのために顧客であるベンチャー企業の成功もより確かなものになるのである。
ベンチャー企業の立ち上げに携わった社外の多くの人たちの専門知識を社内の人たちと同様に手に入れることにもなるのである。
このように、弁護士、会計士たちの中には、ベンチャー企業立ち上げ時、その株式の一部を報酬として受け取り、経営を支援し、成功に一役果たすことが多い。
アメリカのベンチャーの興隆を見ると、このようなエンジェルの存在もベンチャービジネスのインフラの1つとして見逃せない。
しかしこのようなエンジェルは、日本にはあまり見当たらない。
アドベンチャー段階にある企業は斬新なアイデアとかコンセプトはあるが、資金がないわけで、通るかどうかわからない審査を長々と待っていても資金ショートで倒産してしまうか、大企業に先を越されてしまうことになる。
すでに一線を退いているが私の友人で、個人の資産総額が400億円を超す資産家がいるが、彼は自分のところに投資要件が持ち込まれると2分以内で判断をすると言っていた。
つまり、ベンチャーの経営者とエンジェルの出会いは、最初の2分間が勝負といえる。
そのくらいでないとエンジェルとしての役割は果たせないのではないだろうか。
リスクマネーが支えるアメリカのベンチャーエンジェルからの資金は、ベンチャー企業が企業として認知されるか否かのボーダーラインにある初期の段階での投資になるため、ハイリスクの投資である。
しかしベンチャーが成功すれば、創業者に次いでハイリターンを手にすることができる。
その次に登場するのがベンチャーキャピタリストである。
エンジェルの投資ほどリスクはないとしても、スタートァップ時での投資となるため、リスクは依然として高いといえる。
米大手会計事務所KaLの調査によると、アメリカの1997年のベンチャー企業向け投資額は約23億ドルに達し、過去最高だった前年の96年を20%上回った。
98年も高水準の投資活動が続くと予測している。
1997年の総投資額のうち、約半分がベンチャーキャピタルによる投資である。
投資件数も約2690件で前年比24%増であった。
このことは、多くのエンジェルたちがシードマネーを提供して育ててきたベンチャーが、さらに成長するためにより大きな資金を求めてベンチャーキャピタルに資金を求めた結果である。
つまり、アドベンチャーの域を脱し、ベンチャーに育ちつつあるベンチャー企業の数も増えているわけで、当然その間、エンジェルたちはシードマネーの投資を回収し、得た資金を彼らのネットワークを通して次から次へと投資をしてゆくことになる。
ベンチャーキャピタリストの最も重要な仕事は、何といっても投資先であるベンチャー企業の評価であろう。
特にバイオベンチャーの場合は、多くの企業が研究開発企業であり、売上げも利益も出していない赤字企業である。
評価の対象は当然、現在進行中の研究開発のプロジェクトが将来もたらすであろう利益のNPV(純現在価値)ということになる。
この価値の算定こそが、バイオベンチャーの命を握っているといってもいい。
この評価価値のいかんによって、調達できる資金の量が大きく動くことになるのである。
日本にバイオベンチャーが存在しない1つの理由は、この価値判断ができるベンチャーキャピタリストがいないからであろう。
アメリカには、サイエンスのわかる、あるいは医学の知識をもったベンチャーキャピタリストがいる。
彼らはアカデミックのサイエンティストとも交流を持ち、自らサイエンスの文献を読み、時には臨床医師とも話をしながら自らの頭でサイエンスの質を判断し、そのサイエンスがもたらす経済価値を判断する。
彼らの多くはかつて自ら研究室で試験管を振ったり製薬メーカーの研究所で研究をしていた人が多い。
このように初期段階のプロジェクトの適切な価値付けがなされ、その企業そのものの価値を定めることにもなり、一株当たりの価値が弾き出されることになる。
たとえ初期段階であっても、そのサイエンスが持つ潜在価値に対する期待値が大きければそれだけ一株当たりの価値は膨らむことになる。
日本には残念ながら、大学の研究室で行われているサイエンスを理解し、価値付けをできるベンチャーキャピタリストはいない。
したがってバイオベンチャーを発掘できる眼力のあるベンチャーキャピタリストもいない。
このことが日本でバイオベンチャーを起こす際の大きなネックになっている。
日本にもベンチャーキャピタルと呼ばれる投資会社はなくはないが、その多くが証券会社の子会社か銀行系であり、スタッフもそこからの出向のサラリーマンであることが多い。
また彼らの中には技術的専門性を持つ人も、企業経営に自ら携わった経験を持つ人もあまり見当たらない。
日本の雇用制度の中では、プロとしての一流のベンチャーキャピタリストを育てることは難しい。
日本のバイオサイエンスは世界に引けを取らないレベルにあるが、そのサイエンスを理解し、正当な評価をし価値付けできる人たちがいなければ、投資を行うことは難しい。
バイオベンチャーが起こるには、「初めにサイエンスありき」で、まず優れたサイエンスがなければ不可能であることは論を待たないが、サイエンスだけでは何も起こらない。
そこに優れたサイエンスを理解し、社会の役に立つ製品に仕上げることのできる橋渡しのプロセスとしてのベンチャー経営がなくては、優れたサイエンスもサイエンスのためのサイエンスで終わってしまうことになる。
つまり、サイエンスを評価して経済価値として表し、その経済価値に見合う投資をする多くの投資家との出会いが、バイオベンチャーの起業の成功を約束するものである。
日米のベンチャーに質的な格差日本とアメリカの店頭株式市場に公開している企業を比べると、その質的な違いを思い知らされる。
日本はここ数年証券会社が店頭に目をつけ、産めや増やせで大量公開を続けてきた。
いかに多くの企業をジャスダック(JASDAQ卵日本店頭株式市場)に公開させるかに力点が置かれた結果、1994年から4年連続で増え続け、97年末の店頭登録社数は934社、92年に比べ75%も増えた。
しかし一部の店頭公開企業の粉飾決算などに端を発し、店頭公開企業の経営の質の問題が表面化して投資家の失望を招き、投資家は店頭市場から一気に資金を引き上げてしまった。
その結果、店頭市場への資金の流れは半減し、相場は下落し低迷をもたらした。